はるかです。
先日の第一回東京マラソンの完走記を、忘れないうちに書こうと思います。
「身体の痛みが取れないうちに」書こうと思っているのですが、さすがに一週間近く経って体の痛みが消えつつあるので若干慌ててしたためることにしました。
去年のエントリー当選から約半年、結局ほとんど走らないまま当日を迎えたわけなのですが、当日までの大まかな出来事も加えながら、完走記を書きたいと思います。
はるかのオットこと、かずきです。
NYCマラソンの完走記書いてねぇだろ!ってのは置いておいて、東京の完走記を書いちゃいます。
しかも今回は妻と一緒に走った初めてのフルマラソンです。
そりゃあ妻は初フルだったわけですから、当然といえば当然ですが・・・
それでも、ハーフですら一緒に走ったことないのです。
記念すべき第一回の東京マラソンという大義名分でもなければ、子供を二人とも預けてなんて無理だったでしょう。
(似た言い訳で去年の11月に渡米したのは忘れたふり)
そんなわけで、二人併記形式で書いてみます。
大会前日まで
昨年10月にオットより先に当選通知を受け取ることになろうとは、6月に応募した時点では思いもしませんでした。
落選して涙を呑んだランナーの方々には大変申し訳ないのですが、「当たるわけないけど、応募してみようか」という"冷やかし"に近い応募だったのでした。
当選通知を受け取ってしまい、「やばい、やめたほうがいいのでは」としばし悩んだのですが、
折りしもオットのNYCマラソンを控えて気分も盛り上がっている時期で、「私もお祭に参加したい!」という気持ちから正式にエントリー。
その後NYCマラソンを観戦して、大規模市民マラソンの素晴らしさを見せつけられます。
が、それは練習には結びつかず、帰国してからもいろいろなことを言い訳に練習しない日々。
いやいや、マジで焦りましたね。
なんせ妻は午前中のうちに当選メールが来てるのに、僕に届いたのは夕方になってから。
一日中仕事も手につかず、メールの受信ボタンを連打してました。
誰も信じてくれないだろうけど、東京のエントリーにあたって、僕は勧めてないんですよ。
強引に誘ったと思われがちですが、はるかが自発的にエントリーしたんです。
でもまぁ、NYCマラソンを控えてたので、この時点では東京はファンランでとか思ってましたね。
とりあえず深く考えず、ゴールに一番近い宿を取ろうと、この時点で東京ベイ有明ワシントンに予約入れたのを覚えています。
2006年の大晦日に悪あがきのようにスポーツジムに入会。
同日夜に、手稲から円山公園まで20キロ弱の「走り納め&走り初めラン」を敢行。
5月以降まったく走っていなかった身体は悲鳴を上げ、20キロを3時間くらいかけて、最後は歩いたり走ったりの苦行ランに。
今回のフルよりずっと辛くて、その日の夜は痛みで眠りも浅く、翌日は足の爪が痛くて靴を履くのも難儀するようなありさま。
「フルのあとはこんなもんじゃないぞ」というオットの言葉にも深く納得です。
その後、ジムに行く回数は増えますが、距離が伸びません。一昨年以降増え続けている体重も膝に負担をかけていて、ちょっと欲張ると右ひざに違和感が出ます。
結局、ひと月あまりの期間を週に2~3回、5~8キロ走る程度で本番を迎えることになってしまいました。
「(練習ナシで走る)勇気は俺にはないぞ」とオットに言われる始末(笑)
僕も時を同じくしてKONAMI白石に入会。
NYCマラソンの失敗から、東京でリベンジを誓い、海外出張先のアリゾナでは元気に走ってたのですが・・・
温度差25℃近くある冬の札幌に戻ってから急速にモチベーション低下。
ほとんど走らない毎日から、僕も悪あがきのようにジムに入ったのでした。
とりあえずファンランにしかならない状態を受け容れて、少しでもダメージを残さないよう、楽しく走りきれる程度には脚を作っておこうと。
それにしてもはるかは全然走らなかったよねぇ、すごいよ(笑)
前日2/17(土)
前日の夜に実家に子どもを預けて、早朝から新千歳空港に向かいます。
天気予報が「前倒しで今日雨になる」ことを期待しながら一路東京へ。
(とはいえ、念のために出発前夜に防水スプレーを帽子やウエアにかけまくっています)
札幌も暖冬でしたが、それを上回る暖かさ!それにどう贔屓目に見ても雨が降りそうなお天気ではなく・・・・。
まずは宿泊先のホテルに荷物を預けに行きます。
今回は、ゴール地点である東京ビックサイトのすぐ目の前のホテルに宿を取りました。
ゴール後の混雑を避けてレース後の着替えなどが出来ることを考えての選択です。
#私とオットのゴールの時間差は3時間程もあるので、さきにゴールしたオットがホテルに戻って待っている事も可能だ、という話もありました。
実際には、ホテルに帰らずにちゃんと待っていてくれたんですが(笑)
往復の航空券は超割でGETしました。
旅割でも値段は変わんないし、旅割のほうが当日前の便に変えれたりする利点があるんですけど、まぁ置いておいて。
例によって僕は、金曜の夜に東京出張から札幌に戻り、土曜の朝イチにふたたび空路東京へです。
アホみたいですけど、これがまた楽しいんだ。
搭乗回数も稼げるし、超割買っちゃったからしかたないし、これもまたマイレージ上級会員を維持するための修行の一環なのですよ。
東京ベイ有明ワシントンは、正直イマイチでしたねぇ。
まぁ、ゴールから一番近いこと以外は最低のホテルです。
期待してなかったけど、これほどとは・・・
まぁ、これはビジネスホテルの評価の記事じゃないんでこのくらいでやめとくけど。
その後、義弟&お嫁さんとランチをした後で前日受付をしに、東京ドームのEXPOへ。
東京ドームへは今回初めて行きました。
うーん、札幌ドームへ行ったことがなかったら、もっと大きい!って感動したのかも。
まずは夫婦それぞれゼッケンを受け取ったり参加賞のTシャツを貰ったり。
出展ブースも見てまわりましたが、どれもこれもすごい混雑でほとんど遠目に観て素通りした感じです。
NYCマラソンのエキスポと比べると、ドームのあの広さを有効に活かしきれてなくて、小ぢんまりと小さくまとめられてる感じがしました。
あと、試飲とかはもっと派手にやってくれないと!
ブースの奥で「試飲できます」って置いてあっても混雑してるからなかなか奥までわざわざ行って飲もうと思わないです・・・。
弟夫妻とひさびさに会って、東京マラソンの話とかもして。
まぁ、一般人とマラソンの話してると必ず聞かれるのが「マラソンって何キロ走るの?」ですね。
42.195kmって意外と知られてないのかなぁ・・・
その後の東京ドームは、第一印象こぢんまりって感じでした。
公式グッズのコーナーとかも狭すぎて、劇混みのアウトレットモールみたいな感じでしたね。
NYCマラソンのEXPOはひろびろーですよ。
公式グッズの売り場も、アクセス札幌でやるasicsの優待セールぐらい広くてたくさんある感じ。
(これ、道内ランナー内輪ネタですけど)
「さて、混んでるし、一通り観たし、帰ろうか」という感じになったとき、アシックスブースにて「小出監督トークショー」の告知を発見!
オットがとてもお世話になっている小出監督。
モニタ日誌のコメント内で「奥さん」の私に褒め言葉を下さったこともあり、ぜひ「生監督を観たい!」とそのトークショーを見る事に。
アシックスのイメージガール(?)の方との対談形式のトークショーでしたが、
制限時間をまったく意に介さない小出節炸裂のトークに大感激です(笑)
以前から、東京マラソンのような大きな「かけっこ大会」をやりたいと言っていた監督。
この日の監督はほんとうにいつにもまして終始嬉しそーな顔をしてました。
「35キロまでは、他人に抜かされたって慌てないでトコトコと抑えたペースで行けばいい」
「長い時間走る人は、それを計算に入れた上でスタート前に食事をとるといい」などなど、
すでに付け焼刃にしかならない私にとっても参考になる発言を次々してくれました。
「辛い顔はしょうがないけど、嫌な顔をして走っちゃだめだ」って印象に残る言葉でした。
トークショーのあと、ふらふらと歩いていたらそこらへんを歩いている小出監督が(笑)
てっきり、すぐ裏口から帰ってしまうものと思っていたのでびっくりするやら嬉しいやら。
監督と一緒にいた阿部コーチがオットを見つけてくれて、監督に引き合わせてくれました。
どさくさに紛れて私も監督にご挨拶と握手(^_^)
「今回初フルなんですよ」とオットが監督に告げ口(?)したら、監督はすごく嬉しそうに周りの人たちに向かって、「おお、
この人今回初フルなんだって!すごいねぇ~」みたいなことを言って私はまたまた嬉しいやら恥ずかしいやら・・・。
その後、東京ドームを後にしながら手のひらに残っている小出監督のがっしりとしてとてもあったかかった手の感触に、
「これはほんとにゴールできるかも・・・というかゴールしなきゃ監督に顔向けできないよなぁ」というか、
「マラソン前日に握手してもらえるなんて運がついてるのかも?」といろいろ考えつつ歩きました。
"プチ小出マジック"にすでにかかっていたのかもしれません(^_^;
小出道場3期生だったオットです。
いやですね、NYCマラソンでは大失敗してたし、東京に向けては練習できてないし、監督に顔向けできねーしとか思ってたんですけど、はるかが聞きたいっていうからトークショー見てましたよ。
終わったらその辺ウロウロしてるもんだから、思わず声かけちゃいまして。
声をかけられる大義名分があり、むこうもこっちを覚えていてくれることのありがたさですね。
阿部コーチありがとうございます。
次は札幌国際か北海道でまたお会いできるといいなぁ。
ドームを出て水道橋へ向かう道すがら、やっと「待望の」雨が!
「今のうちにじゃんじゃん降ってくれ!」と言いながら「矢場とん」へ。
晩御飯にひれ串カツを食べて元気を蓄えます。
ううむ、お店で食べるのは実に4年ぶりだけれど相変わらず美味しい!
ホテルに戻る道すがら「明日のスタート時くらいまで雨が残るかもしれない」と、雨合羽や追加の防水スプレーを購入。
部屋に戻ってから明日の準備。
ゴールしたらすぐに戻るつもりでいたので着替えは最小限で。
ウエアはこの時点で「ロングスリーブにノースリーブのパーカを重ねて、ロングタイツに雨よけのキャップ」と決めていました。
とにかく寒いのがダメなので、多少暑くてもこれで行こうと思っていました。
あとは、iPodを。
前日にフル充電して曲も大量に入れてあります。
ベルトポーチには、「正露丸」「はちみつ飴」500円硬貨にポケットティッシュ。
給水ボトルを持って走ることも当初考えていましたが、「たぶんあるだろう、なくて困ればコンビニでボトルを買って持って走ればいい」
と持たないことに。
ウエアに追加でさらに防水スプレーをかけ、RUNチップを靴に取り付けて準備完了。
長距離輸送と、一日歩き回った疲れですんなりと就寝。
雨のフルマラソンって初めてだったんですよね。
走る前から土砂降りってのは経験ないわけじゃないです。
たとえば2つ前の美瑛ヘルシーマラソンとか釧路とか、雨でしたし。
でもフルってのは緊張感が違うんで、準備は入念でした。
僕もこの時点でウェアは決めていて、とにかく防水スプレーかけまくりました。
帽子はNYCマラソンのやつで。
当日2/18(日)
アラームと同時に起床。
最初にしたことは、カーテンをあけて外を観たこと。
「雨じゃんじゃん降ってるじゃないか!!」と、テンション↓
緊張感でまったく味が感じられないまま、おにぎりとカステラをかじりつつ、身支度。
その後、大事な大事な「大きい用事」を済ませます。
今まで、レースと言えば「大問題」に悩まされ続けてきた私。
初めてのフル、しかも練習ナシとくればどんな悲惨な状況がまっているか・・・!
少しでも軽減したいという気持ちから、根性で(詳細は省きますが)トイレを済ませ、荷物預け用のビニールバッグの中を最終点検していざ出陣。
・・・・と、ホテルを出た最初の一歩で水溜りにジャブーorz
私、雨の日にランニングシューズは初めてだったんですけど、こんなにも水が直で入ってきてしまうものなのか!!と驚愕。
ジャブーって感触をそのまま足が感じましたよ!もちろん、一歩で靴はびしょびしょです(^_^;;;
しかし、これで「もうずぶ濡れだろうがなんだろうがいいや」って開き直ってしまうことも出来たので、「思い切り」
のきっかけとしてちょうどよかったのかもしれません(笑)
スタート地点に近づくにつれ、増えていくランナー。
普段出張でこの付近を使うことの多いオットは、「ここがランナーで埋まってるなんて信じられない」と言ってました。
雨が降っているので、みなさん屋根のあるところで走る準備しています。
まずは、案内板のようなもののところで、自分のBaggage Carの場所を確かめます。
その後、スタート地点の確認。
が、オットはともかく私のスタート位置はかなり遠いため方向だけの確認にとどめることに。
その後は、とりあえず念のために再度トイレ。
りんかい線で大崎まで。
徐々に増えてくるジャージ集団。
山手線に乗り換えて、新宿まで。
新宿降りたら、ジャージ軍団しかいねぇ(笑)
都庁に向かう地下歩道は、いまだかつてない数のジャージ軍団で埋め尽くされ、サロメチールの匂いが充満し、
そこら中で生着替え大会が繰り広げられていました。
車中ずっと恨めしげに外を眺めてましたけど、どんよりと暗い空模様でしたね。
でもなぜか心はすっかり晴れていて、雨もまたいいもんだなと。
だって記憶に残るよ、こんな土砂降りって開き直ってました。
トイレの後はどんどん増えてくるランナーに「あまり混雑すると大変だから」と荷物を預けてしまいます。
これで、あとは走るよりほかなくなってしまったわけです(笑)
雨の降りしきる中、雨を避けるために雨を避けられるような場所に行くと、
(たしか、仮設トイレが並んでる横のあたり)
ランナーがまるで回遊魚の群れのようにぐるぐる回っているのを見つけました。
雨は避けたいがアップジョグはしたい、というのが形になったようです。
オットにくっついて沢山マラソン大会を見てますが、こんなのを見たのは初めて(笑)
面白いので群れに混じって一緒にアップジョグを始めました。
テレビカメラも入っていたのでニュースか何かで使われていたかもしれないですね。
身体がほぐれて暖まるくらいでアップ終了。
ちょうど、整列の時間も迫っていたので、ここでオットと別れてそれぞれのスタート地点に向かいます。
最後、「自分に負けるなよ」という言葉をオットから賜りましたが、「負けるも何も勝負以前の問題な気がするんだけどナー」
などとマヌケなことを思いつつテクテクとスタートブロックへ。
私は、Iブロックからのスタートです。
途中、Baggage Carを探す外国人ランナーに「Baggage Carはあっちだよ」と教えてあげたり。
Iブロックのできるだけ真ん中の方に並ぶことにしました。
密集したところに入れば、少しでも雨風がしのげるのではと思ったのです。
あまり関係なかった上、私のいた場所は水溜りの真ん中でぬれる一方でしたが・・・・。
この時点で、「雨合羽を自前で持ってきたのは正解だった」と確信。
あちこちで配られていたポンチョは、フードがなかったので、頭部からしたたる水滴は背中に伝っていってるようでそれが寒そうにみえました。
私の着ていた雨合羽は足首まであろうかという長いサイズ。
フードもしっかりかぶりました。
靴への浸水だけは防げませんが、それでも大問題を誘発する腹部の冷えは抑えることが出来そうです。
ハーフパンツや半そでにポンチョだけというランナーの方もたくさんいて、時間が経つにつれて辛そうな感じになっていってましたね。
トイレはしたくならなかったので、この時点では行ってません。
まぁ、トイレはいろいろ言われてますけど、NYCマラソンの壮絶さに比べたら、日本人はまだ控えめです。
坂の上から下へ流しそうめんみたいに樋が設置されてて、下のほうではそりゃもうすごい色の大きな流れとなって・・・
スタート地点で整列してても、突然しゃがんで用を足していたり。
そりゃもうあちらはパワフルですよ。
なんせ女性もしゃがむし、男なんかは道端で衆人環視の中で大きな用を足し、悪びれもせずに最中に友人に話しかけたりしてますからね。
妻も書いてますけど、回遊魚のようなアップジョグの輪は笑いましたね。
立体交差の下で雨にぬれないように、最初は往復してたんですよ、みんな。
でもそのうち仮設トイレに並ぶ人の列が増えてきて、分断されて、輪になっちゃったんですね。
まるでMatrix3作目のあのイカみたいなやつが飛び回ってるみたいな画でした。
で、僕は最前列のCブロックへ。
雨合羽大正解です。
フードつきじゃないとダメです。
スタート直前
雨に打たれてじっとスタートを待っていたのは40分とかそれくらいの時間でしょうか。
最初はアップジョグもして暖まっていた身体も、雨に打たれてじっとしている時間が長引くにつれ、寒く縮こまってきました。
みんな、その場で足踏みしたり、ストレッチ(場所がなくて足首とか手首くらいのものですが)をしたり。
「寒いですねぇ」なんて会話を交わしていた隣の女性ランナーが実は札幌から遠征してきたランナーだと分かり「わー、私もなんですー」
と盛り上がりました♪
「遠いからスタートもわかんないわよねー」なんて言ってるうちに、前方の大型スクリーンで走り出す群集の姿が映るのがちらちらと見え、
「なに?スタート?したの?」とスクリーンを見るためにピョンピョン飛んでいたら(背が低いので見えづらいんです・・・)
前方から「ワーーーーーー」という歓声が波のように伝わってきました。
「え?なに?どうしたの??」と言ってるうちに、"前進"が始まりました。
「おお・・・おお!スタートか!」と喜んだのもつかの間、"前進"停止(笑)
歩数にして10歩も行ってません、みんな、笑ってました(笑)
その後も歩いたり止まったりを繰り返しながら進んでいきます。
行けども行けどもスタート地点が分からない。
「都知事見れるのかなぁ」と思いながらダラダラ走ります。
と、時間にして9分過ぎたあたりでやっとスタート地点を通過。
都知事も遠目に見ることが出来ました。
都庁も・・・都庁は上半分くらいが雲の中で全貌を見ることが出来ず(;_;)
ここらへんはトップ集団の選手が脱ぎ捨てていったものなのか、傘やポンチョが沢山落ちてましたね。
ボランティアの方々が「いってらっしゃい!」と送り出してくれたのがなんだかとても嬉しかったです。
後ろのほうでチビの妻がぴょんぴょん跳ねてたころ、最前列のCブロックは招待選手の真後ろでした。
僕は少々控えめに、5~6列目にいたかなぁ。
もう少し後ろだったかも。
スタートの号砲直後に白い花びらの紙吹雪がぶわぁ~って、あの新聞に出てたやつですね、めちゃめちゃ感動したなぁ。
雨降ってたから、おもいっきり顔とかにべたべたついたけど(笑)
スタート~5km地点
スタートから最初の5kmはずっと下りです。
かなりの数のランナーがすごい勢いで追い抜いていきました。
私は、一昨年の伊達ハーフの10キロを走ったときに下りで足底筋膜炎を起したことと、「もともと脚力も持久力もないのだからできるだけ抑えていかないとだめだ」という気持ちとで意識的にぐっと抑えて走りました。
5kmの給水ポイントでは喉は渇いてないけれど、コップはふんだんに置いてあったし、昨日今日と水分をあまりとってないので用心のためにアミノバリューを給水。
まだまだ目の前も後ろも人だらけ。
スタートロスは7秒くらいでした。
最初からかなりバラけてて走りやすかったけど、さすがに人が多いので、割り込みとか無理な追い越しとかも多かったですね。
両肘を張って両手を前に突き出して機関車みたいなポーズで、自分の進行方向を確保してました。
そうでもしないと前に割り込まれて、脚がひっかかって転ぶ危険が。
前の人が遅くても、突然横に動いちゃダメですね。
こういうときは、とにかくまっすぐしか動いちゃいけない。
最初は4分30秒/kmくらいで入ったのかな。
今日は無理だとわかってたから、最初から本気じゃなく"流し"モードで様子見です。
雨脚が強く、雨合羽は30km地点くらいまでは着てようと思いながら走ってました。
歌舞伎町の6車線の通りを全面封鎖は最高に気持ちよかったなぁ!
5km~10km
下りがおわったあたりから、エンジンがかかるかと思ったのですが、雨で身体が冷えたせいかまだ身体は重いまま。
皇居わきを走っているときは心なしか風雨も強くなっていたように感じられました。
みんなポンチョを着ているし、自分自身も雨合羽を着てフードを被っているので聴こえてくるのは「ガサッガサッガサッ」というビニールがこすれる音。
集中できるような、できないような、初めて雨の中走ったこともあり、不思議な気持ちのまま走り続けます。
飯田橋手前あたりでは東京国際のコースとリンク。
東京マラソンは嬉しいけど、東京国際マラソンで国立競技場にゴールするのが夢だった僕としては、ちょっぴり複雑な気分でした。
少しずつペースが上がってきて、体も温まり始めたので、雨合羽の前は開いて放熱に努めることに。
フードは最初から被ってないし、前のボタンはゼッケンが隠れる程度に開けて、脚に雨合羽がかからないように気をつけました。
走りづらいから。
沿道の応援が、雨なのに思ったより多いことに感激しましたね。
10km~中間地点まで
ここらへんが、最初にキツいと感じた区間でした。
身体がなかなか軽くなってくれず、このあたりから「もう調子が上がっていくことはないのでは」と思い始めました。
雨のせいもありますが、沿道の応援やボランティアの人たちの応援が素晴らしくて、音楽を聴くのは人気が途絶えて辛くなったときにしよう、とこのあたりで決めました。
11kmあたりで、持参していたハチミツ飴を一粒補給。
これがじんわりとパワーになってくれた気がして、以後10キロごとに摂ろうと決めました(ポーチには4粒入れていました)
この区間は品川折り返しの往路区間だったのですが、行きは先に折り返してくるランナーを眺め、折り返してからは後から来るランナーに心の中で「がんばれー」と声援を送りながら走りました。
日比谷公園がせまり、10kmの人たちはゴールのために分岐してっちゃいました。
もう終わりなんてもったいないなぁ~
皇居の脇の外堀通りから、日比谷公園を抜けて品川方面へと。
この辺は箱根駅伝のコースとリンク。
折り返す前で、小出道場Tシャツを着た2期生の山口さん、併走していた現役8期生の浅野さんと一緒になりました。
山口さんがサブ3チャレンジャーの浅野さんのペースメイクをしていると聞き、僕も及ばずながらお手伝いすることにして3人で併走開始です。
品川で折り返して、左手に東京タワーを見ながら北上。
この区間は向かい風が少々あって、じゃっかんののぼり坂。
でも体は動き始めてて、一番気持ちよくイってしまいそうな区間です。
ここはぐっと抑えて、あげてくなら25km過ぎ。
そう思って淡々とサブ3ペースを刻みます。
中間地点~25km
折り返し区間が終り、銀座に入ると沿道の歓声も多くなり賑やかになってきて気持ちも盛り返してきました。
そんな中、コース沿いにあるコンビニにランナーが入って、あんまんやらパンを買っているのを目撃。
見たらおなかがすいてきました(笑)
これまでも、給水は必ずとり、20km地点で2粒目のハチミツ飴もなめていましたが、アンマンがとてもとても美味しそうに見えたのです。
この時点でキロ8~9分程度のペースをこれ以上あげることもできないと思っていた私は、35キロ以降に絶対に耐え難い空腹の波が来るだろうと思っていました。
思っていましたが、コースをそれてコンビニに入る勇気がありません。
走るのをやめてしまったら、再び走り出せないんじゃないかっていう気がしたのです。
同じ理由でずっとトイレも行きたいなと思ってましたが我慢していました。
まぁ、なんとなく行きたい気持ちを抑える程度だったのですけれども。
「いいじゃん、雨降ってるし、最悪垂れ流しだって平気さ!!」と半分ヤケで、今思えばスゴイ思考回路で走ってました(笑)
どこの地点か忘れましたが、おそらく給食ポイントがあったであろう場所で、道の端に捨てられたかじりかけアンパンを見つけたときに、「よし、次のコンビニで補給食を買おう」と決めました。
ほどなく、デイリーヤマザキを見つけてコースをそれます。
残念なことにアンマンは見つけられず、アンパンを買いました。
これがまた・・・私は、こんなに美味しいアンパンを食べたことがありません。
(嬉しさのあまりかじかんだ指がアンパンに突き刺さり、グローブがあんこ色になりました(笑))
思っていた以上におなかが空いていたようです。
がっついて食べきったら食べた実感が持てないと思い、パンを持ったままコースに戻って走りながら食べました。
きっと、これくらいで食べておけば、数時間後(?)の山場のときにきっと力になってくれるはずと思いながら。
このコンビニタイムがあったため、このあたりのラップはがくんと遅いものになっています。
ハーフを過ぎたあたりから、「半分まで来たから残り半分も行けるよ!がんばれ!」という言葉を沢山いただくようになりました。
はるかがアンパンをかじっているころって、僕はもうゴールしてるんですよねぇ・・・きっと。
なんかこうやって書いてますけど、時間軸は果てしなくずれてってるんで。
それはさておき、25kmってどこだ、ぐねぐね銀座から茅場町を過ぎてくあたりですか。
茅場町は一時期仕事でずっと行ってたけど、わかんなかったなぁ。
つまり、この辺からちょびっと辛くなってきてるってことです。
口数少なくなってきてた気がします。
3人でサブ3で手をつないでゴールできたら画になるのになぁ・・・なんて思いつつ。
25km~35km
さて、22km以降は、私にとって未知の領域です。
不安でした。
去年の5月にハーフを走った以降、年明けに20km弱をヒィヒィ言いながら走っただけでそのほかに長距離を踏む練習などしていないのです。
ですが、ひたすらじりじりと亀の子のように走っていたのが功を奏したのか、未知の領域にはいってからもほとんどペースも体感も変わらずに走れています。
ここらへんは沿道の応援も一番賑やかで、それを見ているだけでも感激で胸がいっぱいになっていたので、疲れるヒマがなかったのかもしれません。
ここらへんから雨も小降りになり、空も明るくなってきました。
浅草の雷門がどんどん近づいてくるのにとっても感激しました。
あそこらへんはまだ回りをいろいろ見る余裕もあって、全コースの中でも一番記憶に残っている感じです。
今回のコースの中で唯一、浅草だけ行った事がなかったので、雷門が見えてきたのは感動しました。
あれはいいですねぇ~
でも、30km地点で合羽を脱ぎ捨てて確信しました。
もう少しで脚が止まるなと。
わかっちゃうんですよね、否応なしに、悲しいけど。
まぁ、練習してないんだから仕方ないし、失速しても歩かずに最後までがんばろう。
楽しんで走ろうと思ってましたから。
ここらへんまで来ると、脚もギリギリの状態になってきていました。
なので、要所要所でストレッチ休憩を入れることにしました。
すでに、寒さで脚が硬くなってしまうのかストレッチをしている人はかなりの数がいたように思います。
止まってストレッチをしていると、後続がどんどん追い抜いていくので不安になるのですが、しないで我慢していたら、ゴールできずに終わっていたかもしれません。
それくらい、ストレッチすると脚がよみがえりました。
35km過ぎ、40km手前までは、ストレッチで脚を保っていた感じです。
ガードレールなどに片脚を乗せて脚の裏面を伸ばし、屈伸して脚の前面を伸ばし、腿の抱え込みとその逆の動作で筋肉をほぐしました。
途中でランナーらしきボランティアの女性に、「縁石の角のとこに土踏まずのところを当てて体重をかけてごらん、足裏がほぐれるよ」と教えていただいて実行したところ、これがほんとに良かったんです。
足底筋膜炎にならずに済んだのは、この方のおかげかもしれません。
他にも、ストレッチしていたら沿道の人がチョコレートを差し出してくれたり。
「わー、ありがとう!!!」と大感謝でいただきました。
口に入れてもぐもぐさせながら走っていたら、近くのランナーの方が、「だれだぁ、チョコ食ってるやつ・・・いいなぁ、腹減ったー」と言っていて「うぅ、申し訳ない」と思ったり・・・(^_^;;;
ああ、沿道の私設エイドで鈴カステラも貰いました。
これも美味しかった!
25kmのエイドあたりから、給食が出始めたのかな。
記録を狙ってるときは口にしませんが、今回はいいでしょ。
お腹も空いてきたので、バナナを食べたり、人形焼を食べたりしました。
後から聞けば、後半ではバナナも不足したとか、人形焼なんてあったのか!とか言われたりして、ちょっとだけ罪悪感。
でも、今回はお腹が空いちゃったんです、ごめんなさい。
31km手前で、すでにゴールしたオットから携帯にメールが入ります。
「35くらいいったか?絶対ゴールしろよ」という内容。
電話をかけてオットがゴールしたのを確認。
いまどこだと聞かれたときに、ちょうど目の前に「31km」の表示が出ていたのでそれを伝えると、「まだそこか!」と。
おいおい、仮にも一生懸命走ってる人間にそれはないんじゃないか。
確かに君にとっては「まだそこか!」なのかもしれないけどさぁ。
なんて思いつつも、怒るような気力もあまりなく。
あんまり怒るような雰囲気じゃなかったし。
このときはすでにゴールして、着替えも終わってて、待ち合わせ場所で談笑しながらそれでも随分待って連絡したのですよ。
練習してない妻がどのくらいで帰ってくるかなんて、まったくの未知数なわけで。
正直なところ、「まだそこか!」というの本音としてぽろっと出てしまったんですけど。
ラップを確認にいくと、5kmを42分くらいで走ってるようだったので、完全に僕の2倍。
あぁ、6時間切るかどうかくらいだなぁと。
でも、待ってても次々とゴールしてくる仲間たちとの談笑で、時間を忘れましたね。
本当はホテルに戻って、シャワーくらい浴びてくるぐらいの気持ちだったんですが、そんなことする暇もなく時間はあっという間に過ぎていきました。
10km過ぎてから35kmあたりまで、私は基本的に笑って走ってました。
(いや、自分ではそう思っているけど肉体的には疲れていたので笑顔が作れなかったかもしれないけども)
楽だったからではなく、大会の雰囲気で辛くてもなんか笑顔しか出てこなかったんです。
辛くなってきたら沿道のギリギリを走って、沿道で応援してくれている人や、ボランティアの方々とハイタッチを交わして力を分けてもらっていました。
ハイタッチって今回初めてやったんですが、あれはすごいパワーもらえますね。
自分が応援する側になることも多いので、積極的にやっていこうと思いましたよ!
銀座を通り抜けるころになってくると、ストレッチで騙し騙し走ってきた脚も騙しきれなくなってきて足取りも遅くなってきました。
余裕がなくなってきていたという証拠に、私は「歌舞伎座」をまったく覚えていません(笑)
ここらへんで、沿道のプラカードに「エントリーしたのは自分でしょ」っていう文句を見つけ、「そうです、確かにそうです」と苦笑い(笑)
「明日から仕事だけど頑張れ!」なんてもう少しひねればサラリーマン川柳になりそうなプラカードも(笑)
「感動をありがとう」とか、「YOU CAN DO IT!」とか。
応援のカードはいいですね。
日本は旗が主流だけど、NYCマラソンのときは色んなメッセージを書いたプラカードや、横断幕みたいなメッセージボードを掲げた人がいっぱいいて、それらをみてるだけでも面白かった。
主催やスポンサーのマークの旗を見るより何十倍もランナーの力になってくれる気がするのですが。
ゴールして待ち合わせ場所で妻を待ち続けること数時間。
もう15:30からの打ち上げのために、仲間たちは続々と移動開始。
取り残された僕は、ぼちぼち35km地点を迎える妻のラップの確認をひっきりなしにしてました。
携帯電話からだとDBへのアクセスが集中しててエラーになってしまうので、会場内の端末にいちいち並んで確認してました。
そんなとき、会場の一角に背広軍団が。
なんだ?と目を凝らすと、石原都知事とその取り巻きやSPたちではありませんか。
様子をうかがいにきたんでしょうね。
思わず大声で「石原さん!ありがとう!!」と声をかけたら、石原さんニコーって笑ってSPの制止をふりきり僕のところにきて握手してくれました!!
しっかり手を握り締めながら「楽しかったよ、来年もまたやってね」と言うと、うなづいていましたよ。
石原さんはその一瞬ですぐに移動されましたが、ほんの一瞬をモノにしました。
前日に小出監督と、当日には石原都知事と、この東京マラソン最大の仕掛け人ふたりと握手できたのはそう多くありますまい。
35km~ゴール
35kmを過ぎると、コースはゴール付近に近づきます。
ここからゴールまでは橋の坂を二度登るという、最後の難所とも言うべきところ。
ここを走りきるために、ジリジリと走ってきたつもりでした。
ですが、やはり「走った距離は裏切らない」のですね。
最初の橋はなんとか走り通したものの、二つ目の橋で初めて歩いてしまいました。。。。
これまでコンビニ休憩したり、ストレッチ休憩で止まることはありましたが、「その代わり、絶対に歩くことなくゴールするんだ」と思って頑張ってきてたのに。
前日のトークショーで小出監督も仰っていましたが、「一度歩いちゃうともう元のようには走れない」のでした。
すでに限界を越えてる状態なので、走り出してもすぐに脚が止まります。
故障のような痛みは幸いありませんでしたが、それでも「もう全然脚が上がらない状態」になってしまいました。
まわりも、歩いているランナーが増えていきます。
「これからゴールくらいまでは、どんなに鈍くても走っていこう」と強く自分に言い聞かせて、走るのを再開します。
脚が上がらないので、見た目は走ってると言うより「競歩?」みたいになっていたと思いますが(笑)
ゴール間近で、倒れている人に警察や消防が駆けつけたりしているのも目撃しました。
「あぁ、あと少しでゴールなのになぁ・・・無念だろうなぁ」と思いました。
倒れるならゴールした後に倒れたかっただろうにと。
(その後、ニュースで命に別状ないとわかり、安心しました。)
もう雨はすっかり上がって陽も射していました。
午後の光を急に感じて、「あー、これで終わりかぁ」と思いました。
「やっと終われる」「もう終りか」の二つの気持ちが混じった複雑な気持ちになりました。
だからでしょうか、あとから映像で見た私のゴールシーンは、妙に淡々とした顔をしているのです。
いや、正直表情筋も動かせないほど疲れちゃっていただけかもしれません(笑)
胸がいっぱいになりながらも、ガッツポーズをする気力もラストスパートする気力も残っていなくて淡々とゴールしたのでした。
42.195km、ネットタイムは6:01'08
最後の直線に入ったときに、電光掲示板は5:59'00くらいでした。
全力ダッシュすれば6時間を切れるとは思いましたが当然そんな力はどこを探してもないわけで。
「少しでも練習してれば、5時間台だったんだなぁ」と、このときはじめて練習しなかったことを悔しく思いました。
それでも、ズブの素人でも走りきれるんだ!というオドロキと充実感の方がぜんぜん勝っていましたが(笑)
走ってる間の沿道の応援もさることながら、ボランティアスタッフの方々の熱意と優しさをひしひしと感じて、走ってる間なんどか涙腺が緩みました。
マラソンは応援してる方もされる方もパワーを貰うと言う、パワーの相互交換が行われているのですね。
素敵です。
(あ、ただ身内の応援は疲れます・・・走ってる以上に疲れる気がします。なぜかしら)
普段、パワーを貰う音楽を今回聞かずじまいだったのは、応援の人たちからのパワーがあったからかもしれないですね。
時間軸、すっかりずれてしまいましたが、僕の後半も辛いものでした。
まぁかろうじて走ってましたが、35km過ぎてからのアップダウンには参りましたね。
元気な人はなんでもない坂なんでしょうけど。
ゴール前の直線は、ラストスパートしてみようかと思った瞬間に両ハムストリングスを完全に攣ったので、ゴールの動画は素敵なことになってます。
もう一目見て両足が伸びきってるのがわかります。
ゴールは嬉しいというか、悔しいというか、そういう気持ちはなかったですね。
無心。
先にゴールした2期生の山口さんが待っててくれて、途中でペースダウンしてしまった8期生の浅野さんを一緒に待ってました。
3人で一緒に荷物受け取りまで歩いて。
メダルを首にかけてもらうとき、メダルがちっちゃくてちょびっとガッカリしたかな。
でも、かけてもらったら嬉しさがこみ上げてきました。
メダルかけてもらうときは、笑いながら女性を指名しましたよ。
やっぱり女性にかけてほしいじゃんね。
東京マラソン2007、記念すべき第一回大会。
これを走る幸運に恵まれたこと。
大雨の中、時間無制限ではなく関門があるにもかかわらず、完走率実に97%だったとか。
沿道の応援も雨にもかかわらず多く、大成功と言っていいでしょう。
課題はたくさんあるけど、NYCマラソンの後に走っても、東京は東京のよさがあったと思います。
そう、コースが楽しかったなぁ。
NYCマラソンは、前日のフレンドシップランこそ摩天楼の中を走れるけど、東京マラソンは本当に贅沢なコースです。
1万人のスタッフ、1万人のボランティア。
178万人の沿道の応援、そして3万人のランナー。
走らない理由はたくさんあるけど、走る理由はたったひとつ。
みんなの心がひとつになった日、2月18日。
この日が、日本のマラソン史において記念すべき日となりますように。
この日から始まったと言われるような、そんな歴史を作っていくひとりのランナーであるために、これから走り続けたいと思います。
はるかへ。
ようこそ、GOALゲートの向こうの世界へ。
待ってたよ。


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